思い出すたびに…
金澤がいなくなってから2週間ほどが経っていた
僕は結局、金澤が管理していた区域を兼任する事になり
月末の集金へと出かけていた
最近は夫婦共働きが多いせいか、なかなか夜遅い時間じゃないと
家の人とは出会えなくて集金作業も遅くなっていた
それでも4、5軒目でやっと家の奥さんと出会う事が出来た『こんばんは〜新聞屋です』
インターホンを押すとその家の奥さんが門の所まで出てきてくれた
『いつもありがとうございます、集金に伺いました』
僕はごくごく普通にそう言った『え?集金って今月分ですか?』
『はい、そうですが…』
僕はその、ほんの瞬間に嫌な夢を見たような気がした
そしてそれはすぐに現実のものとなった
何軒か集金に回ったがどこの家でも同じような反応で
すでに集金済みでコンピューターで作られた領収書もきちんと渡されていた
つまり、金澤は集金した金を店に入れることなく
持ち逃げした事になる店に戻ると僕はすぐに事の次第を店長に報告した
店長もマイッタという顔をして奥へと引っ込んでしまった
僕は自宅からそうは遠くないBarに足を向けた
いつものバーテンダーがいつもの顔でいらっしゃいませと迎えてくれた
そこには茜が先に来ていて、こっちに手を振ってきた『大変だね』
茜がポツリとこぼした
『別に…たまにある事だし』
僕は精一杯の強がりを言った
実際、逃げ出す奴は居ても集金した金を持ち逃げする奴は
初めてのことだった
バーテンダーが僕の前にスーッといっぱいのカシスを出した
茜がそれを見てすかさず突っ込んできた
『あれ?それ、いつも飲んでる奴と違うじゃん
しかも、それカシスソーダでしょ?恒輝カシス嫌いじゃん』
茜とはよく呑みに出るから当然といえば当然だが
僕の酒の好みを知っている
僕がいつもテキーラやジンなどを好んで飲んでいるのも
何度も見ているのだから・・・
『たまには変わったものも呑みたくなるんだよ』
僕は短く呟いてそっと目を閉じ、目の前のカシスを飲み干した
茜が不思議そうに恒輝を見てる前で
バーテンダーが独り言のように呟いた
『今日は彼の友人の命日なんですよ…
その亡くなった方はカシスが大好きでしてね…』『マスター、口が過ぎるよ』
恒輝がバーテンダーの呟きを止めた茜は全く様子がつかめずに困惑していたが
その事について恒輝に問い詰める事はしなかった
カシスのボトルの色が朱じゃなくなるまで…
そのボトルには恒輝とマスター以外は触れる事ができなかった
二人で呑んだ帰り道に、恒輝より2、3歩送れてついてきていた茜が
何気なく話を切り出した
『恒輝の亡くなった友達って…』
僕はその質問にあえて聞こえないフリをした
が、茜は珍しくしつこく聞いてきた
『さっき、マスターが言いかけた…』
『野田だよ、野田光』
僕は会話をさえぎるように短く言った
もちろん、僕の頭の中に一瞬野田の表情が浮かんだが
それを打ち消すかのように、僕は続けて話した
『もう、死んだんだ…』
僕は何気なく、空を見上げた
星が何かを主張するようにきらきらと輝いていた
そして、そのなかに野田が居るような気がした『ごめんね、恒輝』
茜は恒輝に腕を絡ませてそう呟いた
『別にお前が謝る事じゃねぇよ』
ぼくはそっけなく返した
いつのまにか、頭の中は野田の事でいっぱいだった
最期の言葉が頭の中で鮮明に浮かんでくる『バカヤロウ』
僕は声にならないほどの小ささで呟いた
星がひとつ、流れたような気がした