見て見ないフリ…
夕刊を配達する時間になっても金澤は姿を現さなかった
それどころか、夜になり店長とはまた別の所長が来て
金澤が居なくなった件について、僕を責めた
僕は一応、金澤の指導係を任されてたから言われても仕方のない立場にいた
しかし、僕の腹の中は不満という言葉でいっぱいになっていた
そう、昼間の茜の言葉も頭に留まっていた『最近、テニスやってないの?』
何か突付かれて欲しくない、痛い言葉のように思えた
たぶん、茜はそんなつもりで僕に聞いたわけじゃないと思うのだけど…所長は僕を責めつかれたのか、店を出て行った
同僚の何人かが、僕の背中を叩いて
『ドンマイ、ドンマイ』と言った
僕はしばらくの間その場に立ち尽くした
金澤とのことを考えてみた
僕は元来、かんしゃく持ちではないので彼を怒鳴ったことはない
彼はどちらかと言うと、気が弱いタイプだった
そして確かに不器用なタイプでもあった
正直、この仕事は向いてないんじゃないか?と
彼に告げようと思った事もあったがそれはやめた
彼は不器用だったが、何事にも真面目に向かっていた
努力を出し尽くすタイプだった
そんな彼が何故…??立ち尽くしてる僕を見かねたのか、店長が傍に寄って来て一言呟いた
『誰にでも、逃げたい時はある』
僕は何を見てきたのだろう・・・
カレノナニヲミテキタノダロウ・・・
翌朝の配達が終って僕が自宅に戻ると茜がいた
『配達おつかれさま〜〜』
屈託の無い笑顔で、茜は僕に微笑んだ
『ああ…』
短い返事を僕は返して、冷蔵庫のビールに手を出した
『見て、見て、今日ロンブーのテレビのスペシャルがあるよ』
新聞を見ながら、茜は無邪気に振舞った
僕はそれに頷いただけで、ビールを飲みつづけた
そんな僕を尻目に、茜はなおも一人で明るく振舞った
『今日、仕事終ったら呑みに行こうよ…』
『昨日ねぇ、友達がねぇ…』
『今度、競馬場に連れて行ってよ…』
そんな茜のすべての台詞を、僕は聞き流した
彼女は昨日の出来事を全部知ってる
だから、僕を落ち込ませないように、明るく努めてる
僕を落ち込ませないように…
そう思うと僕は、とてもやり場のない怒りを覚えた
茜に悪気はないのだろうが、僕は茜の事がひどく面倒に思えた
飲み干したビールの缶と茜をほったらかして
僕がベッドに横になった
『恒輝〜〜〜〜』
茜がまだブツブツ言ってるのは気付いていたが僕は知らないフリをした
少しずつだけど、何かが微妙にずれていく
そのずれる音に気付いていながらも、二人にはどうすることも出来なかった